カテゴリ:考古学
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『菖蒲湯』の訂正記事
菖蒲湯 -フロトリップ

*Wikipediaより



yayoigaokaさんから、菖蒲湯の由来に関するコメントを頂き、端午の節句や菖蒲が中国に関係深いことなどを教えていただきました。ありがとうございます。

自分なりに「ショウブ」のことを調べてみようとネットを見ていたら、私の記事の文に大きな間違いがることに気が付きました。私の思い違いですが。

>バスタブの底の向こう側に、水田の脇の水路や湿地帯に群生する菖蒲の花が薫風に揺れている。

これは誤り。違うのです。何と、菖蒲湯のショウブは花(あの青紫の花弁の)を咲かせないのです。

私がイメージしていた菖蒲(ショウブ)は所謂ハナショウブのことで、この菖蒲湯に使うショウブとはまったくの別物なのです。知らなかった。

菖蒲湯のショウブはサトイモ科、ハナショウブはアヤメ科で植物分類での科が異なる別な植物です。
つまり、ショウブには花(花弁をもった花)がなく、5月のこの時期に穂(がまの穂)のような花を付けるようなのです。

初夏に花を愛でる「菖蒲園」などに群生するショウブは正確にはハナショウブ(日本での品種改良種)のことです。ただし、両者の「葉」が非常に似ているために、同じ菖蒲(ショウブ)という名称が使われるようになったようです。従ってこの両者の名前は混同されて使われることがよくあります。

またそこに「アヤメ」(=菖蒲と書いてアヤメと読ませる)の名が混じると余計に混同してしまいます。その上に、杜若(カキツバタ)が加わると、いずれがアヤメかショウブかハナショウブかカキツバタ。と厄介なことになってしまいます。

日本にはショウブ、ハナショウブ、アヤメ、カキツバタ、ノショウブと似たもの同士の植物が植生しているのです。(それぞれ異なる種)

アヤメはハナショウブと異なり水辺でなく乾燥したところ好むようです。
説明しながら、どんどんいずれアヤメかXXかの迷路に込みそうなので、切り上げて。

菖蒲湯のショウブはあの青紫の花びらの花を咲かせないことだけはご理解いただけたでしょうか。
従って、記事の最後の文章を以下に訂正させて頂きます。

バスタブの底の向こう側に、水田の脇の水路や湿地帯に群生する菖蒲の葉と穂が薫風に揺れている。

このショウブのルーツについて、もうひとつ、二つ意外なことを発見しましたが、こちらは別の話、いずれまたの機会にでも。



*ネットよりお借りしました。
by kouseramu | 2011-05-19 15:32 | 考古学 | Trackback | Comments(0)
菖蒲湯 -フロトリップ
5月のお題-「若葉」





5月3~5日の三日間しかないGWの最終日の夜。(30日(土)も2日(月)も6(金)7(土)も出社なのだ)
午後十一時半頃、風呂に入る。夕食は珍しくかみさんと二人で近くの焼き鳥屋でディナーだった。焼き鳥と串揚げとともに中ジョッキの生ビールを何杯か溜飲したので、家に戻ってからもいささか酩酊気味だった。

浴室に入ると、バスタブのお湯に浮かぶ緑色が目に飛び込んだ。50~60cmくらいの長さの草の葉が十数枚、お湯の上に浮かんでいた。二十一世紀の現代日本の日常生活に、突然亜熱帯のジャングルが飛び込んできた。

その前に、数千種類もの動植物や鉱物を識別し熟知しているパプアニューギニアのフォレ族のことが書かれた本を読んだせいだろうか。それとも新聞にあった日本人のルーツであろう人々が住んでいたマレーシア・ボルネオ島のニア洞窟の写真や記事を見たりしたせいだろうか?プリミティブな、原始の世界が現れたのだ。風呂場の高温多湿の環境と、こちらが未開の部族の民よろしく素っ裸だったのも、このイメージを増幅させたのかもしれない。(風呂に入るのに裸になるのは当たり前だが)

そうか、今日は端午の節句。菖蒲湯といわけか。

どうして、端午の節句に菖蒲湯に浸かるのだろうか。邪気を払い、男子の健康を祈念するものには違いないだろうが。
さすがにこの歳になって、菖蒲の葉を頭に鉢巻することは止めといたが。妙に日本人のルーツに繋がる風習のような気がした。

東南アジアのテースト。水牛が働く山間の棚田、水田風景が浮かび上がってくる。タイかベトナム、あるいは中国の雲南省あたりか。古代大陸から日本列島への稲作の伝播にも関係して。

バスタブの底の向こう側に、水田の脇の水路や湿地帯に群生する菖蒲の花が薫風に揺れている。



by kouseramu | 2011-05-06 01:27 | 考古学 | Trackback(1) | Comments(1)
黄檗日和 2
11月のお題 「冬日和」







by kouseramu | 2010-11-23 18:28 | 考古学 | Trackback | Comments(0)
黄檗日和
11月のお題 「冬日和」


月曜日、京都へ出張した。京大の宇治キャンパス(宇治にも京大があるとは)で、「木材利用の環境貢献」というワークショップ」が開催され、出席するためだ。事前に案内状で場所を確認すると、「JR黄檗駅下車、徒歩五分」とあった。「黄檗」、聞いたことがある。

「黄檗」は「おうばく」と読む。黄檗はSHINPO=振甫所縁の地である。
講演会前のひとときに、この地にある黄檗山・萬福寺を駆け足で訪ねた。実際には、左足を引き摺りながらだったが。


■JR路線図>クリックするとでかくなる










by kouseramu | 2010-11-23 17:09 | 考古学 | Trackback | Comments(2)
トコクはミソノのダブノキである


このタブノキの注連縄がある地上1mくらいのところをぼんやり眺めていたら、奇妙なことに気がついた。この注連縄の下の幹の一部、奇妙な場所から枝が出ているのがわかる。変則的な場所からだ。その他のいくつかの場所からも、奇妙な具合で枝が直立して伸びていた。

「この木、上の方と、下の方で葉っぱの種類がなんか違うみたいだぞ」
twtrf2さんがこの木の葉を見ながらつぶやいた。

他の場所では、地上1mくらいにある二股になった幹の元から、細い新しい枝が出ている場合もある。確かに、その枝の葉は上部の枝(本体の幹から出た)の葉よりいくぶん柔らかく、明るい緑で、広い葉である。樹種が異なるのだろうか。




宿り木?萌芽更新?差し木ではあるまいし。そもそも、これは枝なのか?ではなく、新しく生まれた木では・・・。

きっとタブノキの種がやや水平になったその幹の部分に落ち定着し、その場所から萌芽し、1-2mの新しい木が誕生した。故に、この部位の葉は幼木の葉になっているから、古木のタブノキの葉とは異なるのだろう、か。






森の中で朽ちた大木に種子が・・・・
by kouseramu | 2010-03-25 21:03 | 考古学 | Trackback | Comments(0)
タブノキは残った
"タブの木を探せ”ポタリング


このタブの木の根元に小さな立て看板があった。そこに、このタブノキについての説明書きがあった。
「御園のタブノキ」
樹種名 タブノキ(クスノキ科)
形質分類 常緑広葉樹
推定樹齢 約250年(江戸時代中期頃からのもの)
樹木形状 樹高 10.0m
       樹周 3.8m
       枝張 東西12m 南北15m
 タブノキの自然樹形は直幹で整った球状形で樹高15~20mが一般的であるが、このタブノキは地上4mの所で二幹に分かれ、それぞれ枝葉をひろげ扁平であり横広型に変形し、樹高も10mである。
 この姿から、風害などの原因により折損し再生した樹形であり、水平方向へ限界まで伸張した枝が自ら生育環境に適応しているものと推定される。


なるほど、このタブノキの背丈が低いのは風害などによるものなのだ。つまり、この「御園のタブノキ」は自然樹形ではなく、いわば風害によって樹形が変形しているのである。
また、ここに書かれているように一般的にはタブノキの樹高は15~20mとあり、本来のタブノキの一般的な高さならば、七里の渡しを堀川に入る船の上からでもこのタブノキを眺めることができたのではないだろうか。ならば充分船頭たちの目印(メルクマール)になる。しかし、今ここにある「御園のタブノキ」はメルクマールにしてはあまりにその樹高が低いのだ。

いくつかの仮説を立ててみた。(というよりは、調べていく内に浮かんできたいつもの古代史探偵の妄想かもしれないが)

「タブノキは海人の樹である。そして海人の守り神である」





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by kouseramu | 2010-03-08 01:15 | 考古学 | Trackback(3) | Comments(2)
"タブの木を探せ”ポタリング
3台いっぺんに ポカポカポタ



タブの木発見。

遠くから眺めたそのタブの木は、都心の高層ビルの谷間に小さく一人ぽっつり立っていた。想像していたよりその樹高は低く、逆に横方向に枝を広げていた。




日曜日小春日和、バンクーバーからokinawa-sanが来名した。twtrf2さんと三人でtwtrf2さんのケッタを借りて、名古屋市内観光ポタリング。桜山~七里の渡し~熱田神宮~御園~日泰寺~桜山と巡る約20km。久しぶりのポタリングで、次の日に首と腰が痛くなる。怠けてたからなー。

熱田(神宮)の森とタブの木と日泰寺の縁日&医王山を訪ねるのが、今回のポタリングの目的だったのだが。毎月21日御開帳のはずだった医王山の円空仏はタイムアウトで残念ながら拝見することができなかった。

ただ”タブノキ”は見つけることができた。名古屋市中区伏見、伏見通り沿い、御園座の道路の向かい側に、そのタブの木はあった。しかし私が想像していたタブの木は樹高でいえば20m近くある巨木のイメージだったので、そこにあるタブの木を見てもなにかピンとこなかった。あまりにも小さすぎる。

何せ(以前このブログにも書いたように)、古代タブの木(楠=イヌグス)は刳り船(カヌー)の材料となったと考えられている。それからすれば、枝下が6m以上、径が1m以上はないといけないのだが・・・。このタブの木は、それにしては小さすぎるし、縦方向よりも横方向に大きく、枝下が短すぎる(2m以下)のだ。さらにその樹形についても、二本の株が引っ付いたような形状になっている。

この木からカヌーはとても作れそうにない。

これならば、径は少々細いが、近くにある白川公園の欅並木のほうがまだ樹高は高い。まして、さきほど熱田(神宮)さんの境内で見た「大楠」(弘法大師お手上?と書かれていた)のほうが数倍デカく、こちらの大木ならばカヌーの材料になりそうだ。

私が想像していたタブの木の樹高・樹形とは随分と印象が異なるのだ。都心部の高層ビルの谷間にあるからだろうか。

たしか以前読んだどこかのHPには、江戸時代には、この近くの港に出入りする船、その船頭たちはこのタブの木を目印(ランドマーク)にしていたと書かれていたと記憶している。

そのことをそばにいたokinawa-sanに言うと
「うーん、微妙だなー」
という答えだった。

確かに、ランドマークにしては低すぎる。名古屋駅前のミドッランドやJR高島屋の超高層ビルとまでは言わないものの、ランドマークになりうる巨木なら、やはり樹高は20mくらいは欲しい。
果たして・・・・。WHY????

さて、この続きは改めて、明々後日の心だ。




by kouseramu | 2010-02-24 20:46 | 考古学 | Trackback(1) | Comments(2)
近江商人のZ旗


おや、またカプチーノ?
今回はその向こう側にあるケーキにご注目!!
フワトロ・バームクーヘン。

そうです。近江八幡のクラブハリエ(たねや)の喫茶店。**自転車部でも一昨年琵琶湖ツーリングの時に皆で立ち寄ったお店だ。

先週の金曜日、昨年も出席した滋賀・近江八幡の取引先の新年会に今年もお邪魔した。会のはじめにあった社主の挨拶では、司馬遼太郎の『坂の上の雲』やご当地長浜出身の石田三成の「三献茶」のエピソードを紹介して、とにかくこの大不況下の世の中を、「賢い人」となり、「情熱」を持って、「情報」を大切に扱い、「お客様の(ことを考え)ため」に仕事をしていこう、というものだった。「商い」を考えれば、いたって当たり前の話しなのだが、リーマンショック後の世界的な大不況の昨今にしては、いたって前向きなお話であった。



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by kouseramu | 2010-01-28 20:51 | 考古学 | Trackback | Comments(2)
御船祭
安曇野

by kouseramu | 2009-10-05 20:50 | 考古学 | Trackback | Comments(1)
オビスギ


火曜日、「宮崎スギ」のセミナーを聞きに行く。講演の内容は、宮崎県の林務課や木材利用技術センターの研究員の方たちによる、森林面積などの統計数字のお話や、宮崎スギの力学的なヤング係数、設計・構造計算のスパン表といった技術的なお話だった。

今宮崎の森林は40年生の伐期を向かえた大径の杉、こんなに素晴らしい宮崎スギがどっさりあるので、これを活用して下さいという。宮崎県挙げての宮崎スギのPRだ。

会場の受付のときに、セミナーの資料と共にお土産が配布された。これが凄いボリュームだ。

宮崎団扇、宮崎茶、日向夏ミカン・ジュース、宮崎の観光案内地図やパンフ。
緑に黄色の宮崎と書かれたロゴの入った紙袋にずっしり入っていた。

なかには、駱駝のこぶのようなつくりの宮崎スギでできた腰枕も入っている。
結構お得な感じのお土産パックになっている。






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by kouseramu | 2009-09-07 00:27 | 考古学 | Trackback | Comments(1)